空は晴れ上がり、絶好のハイキング日和となった。8時15分までに京浜急行品川駅にマルコメ、ウチヤマ、カワタ、料理長さんの
4人が集まった。三連休の初日で、天気も良くザックを背負い、トレッキングシューズを履いたハイキング姿の人が多い。
8時25分、まだ2人が来ていないがホームに入った。今日は途中から乗車する6人、安針塚駅集合の3人、山頂集合の
1人の合計16人が参加する。
8時35分発の特快に乗車、少し混んでいたが、全員が座った。京浜蒲田駅からアホウドリさんが乗り込んできた。キムラさん
ご夫妻もここで乗車した。電車は次第に混んできて、空席が無くなった。横浜駅からアサミさん親子(リサ子ちゃん)と
お友達のフクダさん親子(カオリちゃん)の4人が乗り込んできた。品川駅集合のレイレイさんは風邪のため参加取止めと
アサミさんに連絡があったと。
金沢八景駅で乗り換え、10分程で安針塚駅に到着。改札口にteraさんが待っていた。既にトール・キヨミ夫妻も到着していた。
トールさんは多摩川から約40キロをロードレーサで2時間かけてやってきたと。ケイコさんがまだ到着していないので、
1電車待つ。次の電車で、階段を転げるようにケイコさんが降りてきた。これで全員集合となった。
クリックすると大きくなります。 |
|
コース図が渡され、簡単に説明があった後、ゆっくりとスタート。トールさんはロードレーサを押しながら歩き出した。
いきなり緩い登り坂の道が始まった。切り通しのように、右も左も小高くなった道だった。変電所を通り過ぎると、
やがて道が二股になっていた。塚山公園の道標があり、左の道に入った。いきなり急な登り坂が始まった。本当に
きつい登りだった。カオリちゃんとリサちゃんがお母さんを引っ張るように前を歩いていた。坂の途中から樹木の
生い茂る山道に変わった。200M程で公園に到着。
公園入口の左手の小高い丘の上に、三浦安針(英国人ウイリアム・アダムス)夫妻の墓所がある。階段を登って参拝。
この公園内には約1千本の桜があり、春にはさくら祭が開かれ大勢の花見客で賑わうという。
クリックすると大きくなります。 |
|
|
一休みして公園を出た。今度は下りの階段の続く道に変わった。左手は崖、右側は谷の山道。樹木が生い茂り、風も
冷たく、熱くなった体に気持ちがよい。トールさんはロードレーサーを肩に担いで階段を降りていた。やがて車の行き交う
音が聞こえてきた。横浜横須賀道路に着いた。ここから舗装された一般道路に変る。前方にトンネルが見えてきた。
少し手前の信号で右の道に入る。緩やかな登り坂の道だ。少し入ると、のどかな山村風景が広がっていた。サトイモや
なすびの畑、竹やぶも多い。やがて右側に小川の流れが現れた。水はきれいに澄んでおり、小さな魚が群れをなして泳いでいた。
再び横浜横須賀道路が見えてきた。不動橋に到着した。近くにコンビニ「ローソン」があり、飲み物(いつものように
ビール、お茶、酒、アイスなど)を仕入れ、皆で分担してザックに入れて店を後にした。5分程でパス停・大楠山登山口に
到着。ここから山道に入る。数組のハイキング客が前後して歩いていた。道は緩やかな登り坂で、時々下り坂があり、
カーブや分岐も多く、その都度「大楠山」の標識を確認しながら歩く。山の中の道と言うよりは山村の道。約20分歩いて、
横浜横須賀道路の下を潜り、右手の階段を登る。前方にゴルフ場を囲む森が見えてきた。
林の中の細い道を歩く。烏ウリが真っ赤に熟れてぶら下がっていた。あちらこちらにドングリが落ちていた。右手は
ゴルフコースが広がっていた。左側は鬱蒼とした林で、その奥は深い谷になっていた。金網に沿った登り坂を歩く。
大楠山頂上の展望台とアンテナ塔がかなり大きく見えてきた。道は登りの階段になった。汗が流れてくる。階段が終って
ホッとしたが、再び階段が始まった。しかし、頂上は近い。黙々と階段を登り切ると、いきなり頂上の広場が目に飛び
込んできた。10組ほどがシートを広げ弁当を食べていた。12時だった。
クリックすると大きくなります。 |
|
早速広場の一隅にシートを広げて陣地を作り、昼食(芋煮会)の準備にかかる。早くも、二人のお嬢さんは展望台に
登って、景色を楽しんでいた。陣地ができると持ち寄った食材を集め、コンロと鍋をセットし、料理長の席をこしらえる。
料理長さんが包丁とまな板を取り出し、材料を吟味し、包丁をいれる。準備ができるまで、数人が展望台に登った。
大楠山は標高わずか242メートルだが、三浦半島の最高峰だ。富士山や丹沢の山は雲の中だったが、横須賀港、東京湾と
相模湾に囲まれた三浦半島が航空地図のように見えた。風が少しあり、展望台が揺れていた。
準備が整い、鍋を囲んで車座になり、早速ビールで乾杯。teraさんから大分の焼酎(蔵元で甕ごと予約した古酒)、
ウチヤマさんからワインの差し入れがありました。今日の鍋は、何故か野菜が少なく、肉が多く、またスイトンが多かった。
最初はスイトン鍋。鍋が煮えるまで、アルコールにせっせと手が伸びる。焼酎は香りが高く、人気があり、たちまち
空になってしまった。やがて鍋が煮えた。フゥフウ言いながら、食べる。食べながらビールに手が伸びる。まだ、行程は
半分残っており、しかも下りで転びやすいので、アルコールは程々に。リサちゃんとカオリちゃんはおじさんグループ
から少し離れた所に仲良く座って食べていた。
昼食終了予定の2時を過ぎたが、山ちゃんがまだ現れない。鍋は2回目の煮込みうどんに変った。まだビールも酒も
残っている。もう直ぐ山ちゃんが来るだろうと、飲み、食べ続ける。誰かが「あっ、山ちゃんだ。」と叫んだ。汗だくに
なった山ちゃんが山頂に現れた。そばに来て肩で息をし、シャツで額の汗を拭っていた。走って登ってきたようでした。
早速ビールで咽喉を潤し、シートに座る。もう鍋の中身は殆ど残っていませんでした。
クリックすると大きくなります。 |
|
|
予定を1時間オーバーの3時に山頂を後にした。衣笠駅までのコースは山ちゃんが道案内。樹木に囲まれた山道が
続く。トールさんには辛い山道だが、このコースの方がハイキングにぴったりで、森林浴を楽しむことができた。ススキは
花が散り、少し頭を垂れていた。先頭は山ちゃん、teraさん、アホウドリさん、中間にアサミ・フクダさん親子、どん尻は少し足が千鳥の
ウチヤマさんとケイコさん。マルコメさんがエスコートするように付き添っていた。
クリックすると大きくなります。 |
|
|
やがて横浜横須賀道路の上にかかる長い横断橋に着いた。渡り切ると右側の石段を登る。また山道が始まった。
衣笠城址公園に向かって歩き続ける。鉄骨の歩道橋を渡って少し行くと、右手に広々した野原があり、一面にススキの
穂が風になびいていた。素晴らしいススキ原でした。
ススキを見てから再び山道に入る。歩くこと10数分、衣笠城址公園に到着。今は何もない丘の上の公園で、石碑が
一つポツンと立っていた。衣笠城は三浦一族の本拠地で、三浦氏は、三浦大介義明が源頼朝の挙兵を助け、鎌倉幕府の
成立に功を立てた。しかし7代目の義村が北条氏との戦いに敗れ廃城となったものです。
衣笠城址を後にして、しばらく行くと山ちゃんが見えなくなっていた。地図を頼りに衣笠駅に向かう。トンネルを
通り抜けると横の道から山ちゃんが現れた。衣笠山公園に案内しようとしたが、時間が無いため断念したとのこと。
もう5時を過ぎて、少し薄暗くなっていた。やがてJR線路沿いにアーケードの商店街が見えてきた。細長いアーケードの
終点に衣笠駅があった。駅には山ちゃんの奥様がミカンの入った大きな袋を手にして待っていました。さっそくミカンで
咽喉を潤し、山ちゃんご夫妻にお礼を言って、電車で衣笠を後にしました。これで7時間にわたった秋のハイキングが無事終了しました。
◆10月6日善福寺川(和田堀公園)練習会に12人が参加しました。
先頭へ移動
曇の予報が出ていたが、太陽が顔を出し、ジョギングには少し暑い日となった。9時30分、井の頭線「永福町駅」に、
体験参加の道民さんが一番乗りでやってきた。50分頃から仲間がぞろぞろと集まってきた。突発性難聴で治療中のアホウドリさんが
2カ月半ぶりに参加した。アホウドリさんはまだ音がハウリングして聞こえ、耳鳴りもしているが、医師から走ることは禁止されて
いないため、ゆっくりと走っているという。アサミさんが1時間ほどかけて自転車でやってきた。いつものように少し遅れて
ミチコさんがきて11名となった(シンフネ、アサミ、修ちゃん、ミチコ、カワタ、クラ、コジマ、道民(サカキさん)、tera、アホウドリ、ニナさん)。
閑静な住宅地の細い道を通って和田堀公園に向かう。10分ほど歩くと左手に朱塗りの大きな大宮八幡宮の鳥居があり、
前を通って下り坂を降りると善福寺川が流れていた。
クリックすると大きくなります。 |
|
サッカー場のそばに荷物を纏めて置き、隣の草っ原でストレッチングしてから、善福寺川の上流に沿って走りだした。今日の
コースは善福寺川の緑道公園が終わる地点、スタート地点から3`先にある神通橋で折り返し、再びスタート地点にも戻り、
今度は下流約1キロで折り返す約8キロである。このコースには100m毎に距離表示があり、ペースの確認が出来るので
走りやすい。
スタートからシンフネさんがいきなり飛び出して一人旅を始めた。他の人たちは、しばらくの間は一団となって走っていたが、
1キロ過ぎたあたりから3グループに分かれた。tera、修ちゃん、道民、クラ、ニナさんが先頭グループ、カワタ、アホウドリが第2
グループで、少し後ろをアサミ、ミチコ、コジマさんが走っていた。体験参加の道民さんは、筋力があり余っているのか、長距離
ランナーに多いすり足走法ではなく、少し跳ね上がるようなフォームで走っていた。
善福寺川は護岸が整備されて、川の両側は公園になっている。大きなアサミがちらりと見えた。川は浅いが、水はきれいに
澄んで川底が見える。ところどころに数羽の鴨がゆったりと川面に漂よっていた。2`過ぎたあたりからアサミ・ミチコ組が
ペースを上げ、第2グループに追いつき一緒に走り出した。コジマさんは100mほど遅れてマイペースで走っていた。
やがて折返し点の神通橋(3キロ地点)に近づいてきたが、第1グループの5人が、後を走っている第2グループと
出会わない。神通橋を通過して先に行ってしまったようだ。この橋を通過すると、緑道公園は終わり、川に沿った道は
人一人が通れる程度の細い道に変わった。民家の軒下を走る。まだ熟していないみかんや柿の実が手を伸ばすと届きそうだ。
道は細く、大きな木が斜めに道を遮っており、頭をぶつけないように注意して走る。川の水は相変わらずきれいで、
真っ白な鷺が2羽、川の中で餌を漁っていた。都内にこんなに水のきれいな川があるとは驚きだった。
クリックすると大きくなります。 |
|
|
やがて左側に積み木のような団地の建物が見えてきた。一人で飛び出していったシンフネさんが戻ってきて、第2グループと
行き交った。シンフネさんは環八まで行って戻ってきたと。他の人たちにも出会ったと言っていた。第1グループと第2グループが
どこかで出会うはずだが、なかなか出会わない。とうとう第2グループは環八まできてしまったが、出会わなかったので、
ここで折返した。戻りはアサミ・アホウドリコンピ(赤とオレンジのTシャツ)が少しずつペースアップし、カワタ・ミチココンピを
引き離していった。
第2グループは54分で約8.8キロ走って終了した。数分後に第1グループのニナ、クラ、道民、修ちゃんが一人、二人と
戻ってきた。環八を通り過ぎて、荻窪のJR線路(片道約5.1キロ)まで行って戻ってきたという。
荷物置き場の近くの水道で汗を流し、着替えを済ませた。ふと気が付くとteraさんが戻ってきた様子がない。一緒に走って
いた人に尋ねると、後半はばらばらになったので分からないという。折返してからも出会っていないという。携帯も置いて
いったようで連絡の取りようがない。足を痛めて歩いているかもしれないので、戻ってくるまでに芋煮会の準備を進めること
にした。道民さんが一番若いのだから、と言ってビールの仕入れ班を買って出た。一緒にクラさんと修ちゃんがついていった。
さらに10分ほど経ったがteraさんは戻ってこない。スタート地点が分からなくなったのかと、アサミさんが自転車で迎えに行った。
カワタと修ちゃんも探しに出かけた。200m程上流で歩いてくるteraさんを発見。額に血が滲んでいた。シャツにも血を
拭いた跡があった。どうしたのか尋ねると、陸橋で折返したとき、いきなり陸橋の鉄骨が目の前に飛び出し、頭をひねって
避けようとしたが、ゴツンとぶつかってしましたとのこと。一瞬何が何だか分からなくなったと。帽子をかぶっていたが、
額の皮膚が破れ血が流れ出し、顔とシャツが真っ赤に染まってしまった。それに気づいた廻りの人達がタオルやティッシュ
ペーパーをくりた、救急車を呼びますかなど、いろいろと助けてくれた。途中、少し休んで、顔を洗ったり、シャツ拭いたり、
傷口を冷やしたりしてから、戻ってきたという。血はほぼ止まっていたが、皆が医者に見てもらうよう口々に言ったが、
もう痛みはないといって水分補給に参加した。
クリックすると大きくなります。 |
|
午前中に皇居のレースを走ってきた山ちゃんがやってきた。今日は料理長とサブのsuwabeさんが欠席のため、カワタと山ちゃんが
担当した。早速みんなの持ち寄った食材を集め、鍋に水をはり、準備を始めた。やがて3人がビールをダンボール箱に詰めて
戻ってきた。早速冷たいビールで乾杯!懇親会が始まった。鍋が煮える頃にはアルコールが程よく体内を駆け巡り、口も滑らかに
なり座が盛り上がってきた。
道民さんの自己紹介が始まった。日本橋の不動産会社に勤めるサラリーマンで、大田区で育ち、現在は札幌にご家族を残して
東京に単身赴任、青物横丁近くのマンションで一人暮らし。料理が得意で、今日も自作の「ホッケのつみれ」を挨拶代わりに
と差し出しました。スポーツはテニスと近所のジムでの筋肉トレーニングを続けているそうです。ランニングは13年前に
始めたようですが、しばらく休んでおり、この6月から再開。当会に体験参加した理由は、「○×走友会なんて人たちには
到底ついていけそうもなく、会のページを見て、これならどうにかついていけるかもしれないと思った。」とのことでした。
将来的にはフルを目指したいと話していました。
結局3時間近く、飲んだり、おしゃべりをしたり、鍋を2回お代わりして、ご機嫌で解散しました。